始祖鳥(古生物)について

更新履歴
 翻訳『始祖鳥と孔子鳥における初列風切羽の細い羽軸が乏しい飛行能力を示唆する』を追加しました。
2010年5月15日
 翻訳『始祖鳥はバシリスク型の水上走行者であったか?』を追加しました。
2009年6月9日
 試験的にJavaScriptとスタイルシートによるサイドバーを導入しました。
2008年3月16日
 『始祖鳥発見の経緯』を新設しました。
2007年11月14日
 『始祖鳥化石と鴈作騒動』に追記しました。
2007年11月2日
 【確認されている標本】に始祖鳥化石の写真を追加しました。
2007年10月31日
 【特徴】『始祖鳥は樹上性にあらず』へのリンクを追加しました。
2007年10月29日
 【主要論文の内容梗概の翻訳】『始祖鳥の骨格の化石生成論: 定量的アプローチ』のアブストラクトを追加しました。
2007年10月16日

【概要】

2000年3月15日更新


 1861年、一枚の羽毛化石が von Meyerによって記載されました。この標本は、その前年(1860年)にドイツのバイエルン、アルトミュール地方の石版岩(粘板岩)採掘場から発見されたもので、Archaeopteryx lithographicaと名づけられました。属名のアーカエオプテリクス(※3)はギリシア語で『古代の羽毛』、あるいは『古代の翼』という意味があります。(※2)
 <arkhaios (古代の:ギリシア語) + pteryx (翼、羽毛:ギリシア語)>
 そしてリトグラフィカという種名は、ゾルンホーヘン産の粘板岩は当時、リトグラフ(石版印刷)の材料として使われていたことに由来しています。

 この羽毛の持ち主は、奇しくもその翌年後に正体が判明します。1861年、最初の完全な始祖鳥化石である『ロンドン標本(London specimen)』の発見です。この化石はまさにリトグラフ(印刷物)のごとく完璧な保存状態でした。
 獣脚類風の骨格のまわりに、有無を言わさぬほどくっきりとした羽毛痕が浮き上がっています。今にいたるまで、これは中間型と呼ばれる化石のなかでももっとも有名なもののひとつではないでしょうか。
 ゾルンホーヘン一帯は、始祖鳥の生息していた後期ジュラ紀・キンメリッジ期(約1億5千万年前)には潟湖(ラグーン)であったため、泥に沈んだ始祖鳥の体は他の生物の活動などによって分解されることもなく、そのまま化石になったのでしょう。羽毛一枚一枚さえも確認できる保存状態は、この『死の世界』のたまものとも言えます。

【注釈】
※1 最初の始祖鳥化石
 実はもっとも古い標本は1855年に発掘されていたのですが、これが始祖鳥だと確認されたのは1970年になってからのことです。
※2 『古代の翼』 2006年5月30日追記
 ほとんどのWEBサイトがArchaeopteryxを『古代の翼』と訳しているようですが、上記の通り、Archaeopteryxは一枚の羽毛化石に対して行われた命名ですので、歴史的経緯を考えると『古代の羽毛』が本来の意味に沿った翻訳です。
※3 始祖鳥の学名のカナ表記 2007年10月31日追記
 Archaeopteryxをどう発音するかについて、当地では産出地であるドイツ語読みの「アーカエオプテリクス」を使っていますが(シュトゥットガルド自然史博物館のRupert Wild研究官がこう発音していたのでそれに倣った)、一般書で多く使われているのは「アーケオプテリクス」のようです。「アーケオ~」の出典は英語の発音ではないかと思うのですが、実際の英語読みでは「アーオプテリクス」になります(BBCとDISCOVERY CANNNELの両方ともこの発音であることを確認)。






【始祖鳥の特徴】

2007年2月4日更新


 しばしば『大きさはカラス程度』という記述を目にしますが、カンタベリー博物館のベルリン標本レプリカ(このホームページの表紙を飾っています)を見る限り、体躯はカラスのそれにはほど遠く、ハトより少し大きいくらいです。ただし、強力な脚と太く長い尾をそなえているため、実際よりはだいぶ大柄にみえます。
 現生の鳥に比べて風切り羽が多いこと(初列は12枚(※)、次列風切+三列風切が14枚)も、興味深い特徴ですが、始祖鳥が現生の鳥と決定的に違う点は、歯槽に収まっている鋭い歯(上あごに13本、下顎に6本)、21個の尾椎骨で構成される長い尻尾、そして翼から生えた3本の指でしょう。(最近再評価された特徴として後肢の脛の部分に羽毛を持っていたことがあげられます。)(※4)
 これは鳥というよりは獣脚類(いわゆる『恐竜』と呼ばれているグループの一部)の特徴です。もし始祖鳥の化石に羽毛の印象と叉骨(胸骨を固定するYの字型の骨。いわゆるウィッシュボーンのこと)がなければ、見分けがつかないことでしょう。次にあげる標本のいくつにかは、実際に『獣脚類』と同定されていたものもあるくらいです。このため、最近は『獣脚類』の『恐竜』を指して『非鳥類型獣脚類(Non-Avian-Theropod)』という言いまわしをすることがあります。
 ただし、始祖鳥はトリに違いありませんが、それ自身は現生のトリの直系の祖先ではないという見解が多数派です。(※2)(Padian, 1998)

[NATURE,VOL 399,13MAY1999][Kevin Padian]による[Dinosaur tracks in the computer age]の[Figure.1]より切り出し引用  生態は樹上性ではなく、地上性であった可能性が強いと考えられます。根拠としては当時のゾルンホーヘンの植生(干潟のような地形で樹高3mを超える高木がなかった)(Viohl, 1985)、始祖鳥における足の爪の湾曲率を現生の地上性鳥類および樹上性鳥類と比べた結果、地上性鳥類のそれに近い点があげられます。また、大腿骨と脛骨の比率を同時代のゾルンホーヘンに生息していた小型獣脚類コンプソグナトゥスと比較した場合、始祖鳥は相対的に脛骨が長く、この結果は地上生活者であったであろうコンプソグナトゥス以上に平坦地を高速で疾走することに適していたことを示唆するものです。(右の図を参照) さらに、始祖鳥の後脚の親指は他の指と対向していないため、木の枝を掴むことはできなかったことも判明しています。(※3)木の枝に止まっている始祖鳥の復元図を多く見かけますが、前述の要素を総合した場合、これらは誤りである可能性が高いと考えられます。

 詳しくは下記のURLにまとめました。(2007年10月29日追記)

『始祖鳥は樹上性にあらず』

【注釈】
※1 始祖鳥と現生のトリをわかつ特徴
 いままで始祖鳥と現生のトリをわかつ特徴として、『始祖鳥は気嚢をもたない』という項目がありましたが、これは現時点では否定する意見が多数派です。気嚢とは、要は体内にある(骨の中も含む)空気袋で、これを持つことで現生のトリは体を軽くし、さらに呼吸能力を向上させていますが、いままでは始祖鳥にはこれはなかったといわれていました。『ネイチャー』1998年10月24日号の論文によると、始祖鳥の頭部後方の頸椎と前胸椎に含気化(pneumatization)が見られたとのことで、やはり始祖鳥にも気嚢はあったようです。(→ニュースのバックナンバー) (Britt, Makovicky, Gauthier, Bonde, 1998)

※2 『直系の祖先ではない?』 2002年8月31日追記
 この文は誤解を招いているようですので補足しておきます。
 この場合の『直系の祖先ではない』と言う表現は、始祖鳥と鳥は赤の他人の空似であるという意味ではありません。始祖鳥と現生鳥類との関係は、親子ではなく兄弟のそれに近いということです。
 始祖鳥は現在の鳥と祖先を共有しており、現生の鳥に至る流れから分岐して少し進んだ位置にいます。ですから始祖鳥を見れば、始祖鳥と現生の鳥の共通祖先がどういうものだったかを推測でき、間接的に現生の鳥の祖先について知ることができるわけです。

※3 始祖鳥は脚の指でものを掴めない 2005年12月6日追記
 物を掴むためには、親指(あるいはそれ以外の指)がそれ以外の指に対抗してついている必要があります。従来の解釈では始祖鳥の脚は「掴める」脚でしたが、今回の発見で、そうではなかったことが分かったのです。
 『木の枝に止まる始祖鳥の絵』は『松の木に止まるタンチョウヅルの絵』と同じ程度に誤りであると言うことになります。(→ニュースのバックナンバー)

※4 始祖鳥の脛の羽 2007年2月4日追記
 正確には、マイヤーによる最初の記載論文ですでに脛の羽毛は確認されていましたが、この論文によって再評価されたことになります。また、2007年夏にカルガリー大学の学生、ニコラス・ロングリッチが後肢の羽が飛行に寄与したとの説を提唱しています。しかし、始祖鳥の脛の羽はしっかりした羽軸が通っておらず(現生のケアシノスリのそれに近い)、飛行に直接寄与していたとは考えにくいとの意見が多いようです。
Longrich, N. 2006. Structure and function of hindlimb feathers in Archaeopteryx
lithographica. Paleobiology 32(3):417