この文章に登場するアーカエオラプトル(Archaeoraptor)は始祖鳥(Archaeopteryx:アーカエオプテリクス)とは産出地も生息していた年代も系統も異なる全く別の動物です。 両者の名前が似ているため混乱を呼びやすいのかもしれませんが、この両者を混同している記述をネット上で複数見かけましたので、当地が誤解の元にならないよう追記しました。 なお、フレッド・ホイルによる始祖鳥化石が捏造・贋作ではないかという疑義と、その顛末に関してお探しの方には、下記に説明を用意しましたのでどうぞご覧ください。 [始祖鳥化石と鴈作騒動] (2007年9月21日)
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【アーカエオラプトル贋作騒動について】2000年4月19日執筆 2007年9月21日追記
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先の2000年1月15日に、前年10月15日に発表されたアーカエオラプトルが2種類の標本を組み合わせた合成化石であったことが、IVPPの Xu Xing によって報告されました。 しかし、この事件についてなされている報道の多くはたいへん誤解をまねきやすいものであり、当『始祖鳥生息地』は、急遽『アーカエオラプトル事件』についての特集を組むことにしました。 この特集は、今回の事件について、以下の順番で論述します。 1.今回の事件の経緯 2.なぜ誤りが起こったのか 3.発表当時、あの標本はどのように評価されていたのか 4.もし合成化石でなかった場合、どのような意義があったのか 5.今回の事件が学説におよぼす影響 6.今回の事件における問題点 7.結論 補足・今回の事件についての所感 以降、本論にはいります。 |
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今回の事件は昨年の10月に Stephen Czerkas が化石マーケットでこの化石を確認・購入したことに始まりでした。この化石は、1999年10月15日にPhilip J. Currie, Xu Xing, Stephen Czerkas の三人によって『National Geographic』の名でプレスリリースされました。『羽毛を持つ恐竜』は今までにも発見されていましたが(5項で論述します)、『飛行可能と見られる恐竜』はこれが最初ということになります。よって、この発表は注目されていましたが、プレスリリース時点での情報はごく断片的なものでした。 注目の中、翌月の『National Geographic』1999年11月号で記事が掲載されました。しかし記事の内容は、化石のX線写真が見開きの2ページにわたって掲載されていることを除けば、ほとんどはこの化石とは直接関連のないもので、この化石についてのあたらしい事実はなにも書かれていませんでした。 数ヶ月の沈黙のあと、翌年の1月に、三人の報告者のうちのひとりであるIVPPの Xu Xing が、この標本は2つの化石をつなぎあわせた合成化石であったとの報告をおこないました。 Xu Xing の報告によると、この標本が合成化石であることに気がついたのは、ドロマエオサウルス科恐竜の標本を調査していたときのことであったとのことで、たまたま調べていたその標本の尾がアーカエオラプトルのそれと表裏の関係にあることにあることに思い至ったとのことでした。(化石標本を作るために石を割った場合、化石を中心にして雄型と雌型ができます。)つまりアーカエオラプトルの尻尾はこのドロマエオサウルス類の標本の『鏡像』であったということです。 調査の結果、結局アーカエオラプトルと呼ばれる標本の正体は、腰から前が『鳥のような骨格を持った動物』で、尻尾が『ドロマエオサウルス科恐竜』であったという結論となりました。 ただ、今回の件でまず確認しておくべきなのは、くだんの化石、アーカエオラプトル(英語読みではアーケオラプター。アーケオラプトル、アルカエオラプトルという表記もあるが同じもの。)は、正確に言えば贋作(フェイク)ではなく、本物の化石をつなぎあわせた合成化石(キメラ)であったということです。つまり『鳥のような腕を持つ体』の持ち主と、『ドロマエオサウルス科の尻尾』をもつ動物は、すくなくともそれぞれ実際に存在したわけで、いまのところ前者の正体は課題として残されています。 |
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それは『いつ発掘されても不思議のない標本であった』という一点に尽きると思います。近い系統の、しかも本物の化石を組み合わせて作られたという点もあるかもしれません。しかし、尻尾と腰椎とをつなぐ骨が存在しないこと、そして標本に人為的な痕跡があることを発表者たちは知っていたらしいという報道もありましたから、これが事実ならかれらには責任がある、とわたしは思います。 |
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『情報が少なすぎてなんとも言いようがない』という意見が多数派であったのではないかと思います。この標本についての情報は『ドロマエオサウルス類に似た尾を持っている』『肩の構造が鳥のものに似ている』というレベルのものでした。 具体的にどの分類に含まれるのか、あるいはどの種に近縁なのかということがわからなければ、化石の位置づけができません。 |
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アーカエオラプトルが合成化石でなかった場合にはどういう意義があったのかといえば、『確実に飛行可能な最初の恐竜』ということでしょう。その祖先は空を飛んでいたのではないかと見られる恐竜はいましたが、確実に飛行可能なものは報告されていませんでした。 もしこの標本が合成化石でなかったと仮定すると、羽毛をそなえた恐竜が、空を飛ぶ方向に進化したという具体的な物証として、有力な事例のひとつになりえたのではないかと思います。この標本の特徴である『腱で固められた尾』は、そのままドロマエオサウルス類の特徴ですから、鳥が恐竜に起源をもつとする学派は『アーカエオラプトルがドロマエオサウルス類と同じ起源を持っているため』と主張し、それ以外の立場の研究者たちは『単なる収斂の結果』と解釈したのではないかと思います。 しかし、『羽毛を持つ恐竜』については後述しますが他にも発見されていますし、鳥と恐竜の類縁関係についても以前から言及されています。そして、ドロマエオサウルス類と鳥の関連性についていえば、むしろその前に記載されたシノルニトサウルスのほうが重要です。 つまり、この標本は既存の学説(鳥の恐竜起源説)を補強する材料にはなりえた可能性はありますが、これはあくまでも『既存の学説を補強する』という性質の報告であるため、定説を覆すような重大な発見にはなりえなかっただろうとわたしは考えています。 |
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アーカエオラプトルが『合成化石』であるということがわかったことで、どのような影響があるのかということですが、結論から言えば、この事件が学説に対しておよぼす影響はほとんどないと思います。 前項の繰り返しになってしまいますが、今回の報告は既存の学説を補強する種類のものであったため、学説を根底から揺るがすほど重要な存在であったわけではありません。この化石の存在を前提に成立していた学説があるのなら話はまた違うものになったと思いますが、(3)で説明したような理由もあり、この化石に対しては判断を保留していたかたがたのほうがむしろ多数派でした。 今回アーカエオラプトルが否定されたことにより、鳥と恐竜が近い関係にあるという説が否定されたかといえば、それは事実ではありません。この学説の根拠は以前からの研究によるところが大きいのです。『羽毛状組織の印象』を残している恐竜は、論文記載されたものだけでも、シノサウロプテリクス(中華竜鳥)、カウディプテリクス(尾羽鳥)、プロトアーカエオプテリクス(原始祖鳥)、シノルニトサウルス(中華鳥竜)、ベイピャオサウルスが挙げられます。(前述した4属についてはわたしのページでも解説しています。)未確認情報ですが、今回の合成化石の『尻尾の部分』であるドロマエオサウルス類にも羽毛の印象が見られるようです。 羽毛組織の印象こそ残っていなかったものの、アヴィミムス、モノニクスなど、二次的な証拠から羽毛を持っていた可能性がひじょうに高い恐竜たちもいます。前者の尺骨には次列風切羽が付着すると見られる溝が確認されていますし、後者には竜骨突起(飛翔筋が付着する突起)が存在しています。 ★シノルニトサウルス・ミレニイ Sinornithosaurus millenii http://archaeopteryx.rgr.jp/zoology/shiso_news.html ★シノサウロプテリクス(Sinosauropteryx prima) ★カウディプテリクス(尾羽鳥:Caudipteryx zoui) ★プロトアーカエオプテリクス(原始祖鳥:Protarchaeopteryx robusta) http://archaeopteryx.rgr.jp/text/n199806.html#n19980625 http://archaeopteryx.rgr.jp/zoology/apx_sonota.html#SONOTA ★ベイピャオサウルス・イネクスペクトゥス(Beipiaosaurus inexpectus) |
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今回の一件が示す問題点として、『化石標本の商品としての流通』があげられます。 第一報によると、発表者のひとりが『化石マーケットでこれを発見、購入した』とのことでした。古生物学上重要な化石が商品として流通していることは問題です。始祖鳥のマックスブルク標本のようなことになってしまうかもしれませんし、そうでなくても貴重な標本がそのまま死蔵されてしまう可能性があります。 今回の一件でもうひとつの問題は、新種が見つかったからといって、正式に記載をすることなくナショナル・ジオグラフィック誌のような一般誌で発表をおこなったことだと思います。なぜなら、これは国際動物命名規約違反であり、悪質な研究妨害にもなりうることだからです。 動物に学名をつける場合には国際動物命名規約(INTERNATIONAL CODE of ZOOLOGICAL NOMENCLATURE)という決まりがあります。これは対象が動物である限り、もちろん古生物にも適用されるルールです。この規約のなかに、新種に名前をつける場合は、しかるべき場所で正式な論文として記載されなければならないという項目があります。(正確な表現ではありませんが、大意はそういうところです。)だれにでも入手可能なものでなければならず、私的文書はもちろん、学会開催時のレジュメその他の配布物も命名規約の対象とはなりません。 ところが、ナショナル・ジオグラフィック誌のような購読者の多い一般誌で公開がおこなわれた場合、研究者たちはこの命名がいったい有効なのか無効なのかを悩まなければなりません。ほとんどの古生物学者は先取権(※1)を尊重しますから、『同じ種のものという疑いのある、あとから発掘された化石』について論文を書こうとしている研究者は、正式に記載されるまでは論文を書くことができず、足踏み状態におちいります。記載論文がなければ同じ種であるかどうかの確認もできませんし、それが確認できたとしても研究対象に『学名がない』のでは論文を書けません。そうなった場合、これは悪質な研究妨害です。 今回の事件では、標本が合成化石であったその事実よりも、上記のような発表方法、センセーショナリズムに憤りをおぼえたかたは多いようです。 ※1 先取権 同じ種に異なった種名がついた場合、これを同物異名、あるいはシノニム(synonym)といいます。もしシノニムが発生した場合、、先に論文記載されたほうを優先することになっていまして、これを『先取権』と呼びます。 |
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最後に、いままでの項目について要約します。 (1)くだんの標本は(1)のような経緯をたどり、合成化石であったという結論で決着を見た。 (2)誤りが起こったのは、それが『いつ発掘されても不思議のない標本であった』ためである。 (3)多くの研究者は発表された情報が少なすぎるため、判断を保留していた。 (4)この標本は既存の学説(鳥の恐竜起源説)を補強する材料にはなりえたが、パラダイム・シフトを起こすような重大な発見にはなりえなかった可能性が高い。 (5)この事件が学説におよぼす影響については、前項(4)に示した理由からきわめて少ないと考えられる。 (6)今回の発表方法には国際動物命名規約上の問題があった。 この記事の結論は上記のとおりです。 |