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【始祖鳥は樹上性にあらず】

2007年9月24日更新

(Q1)始祖鳥は樹上性ではないのか

 始祖鳥が生息していた当時のゾルンホーヘンには止まるべき高木は存在せず、最も大きい植物でも3メートルを超えるものはありませんでした。(Viohl, 1985)
 さらに、始祖鳥の足の骨の比率は平面を疾走する動物の特徴を示しています。
 また、始祖鳥の後足の指は対向していなかった、つまり枝を掴むことができなかったことが2005年末に明らかになっています。(Mayr, 2005)
(2007/9/24)
(Q2)ゾルンホーヘンには確かに高木は確認されていない。だが、始祖鳥は高木のある別の場所から流されてきたものではないか?

 始祖鳥の標本、例えばアイヒシュテット標本やサーモポリス標本などの素晴らしい保存状態を考えると、少なくとも川に流されてきたようなものではなく、もとからその場所に生息していたと考えるのが妥当でしょう。ゾルンホーヘン層群からは、膨大な数の保存状態の良い昆虫化石が出ていますが、移入説を唱える人はこれらも川に流されてきたと考えているのでしょうか。


 なお、フィオールの論文は、当時のゾルンホーヘンには河川による堆積層が確認されていないことから、定常的な川の流れが存在しなかったことを示唆しています。(Viohl, 1985)
(2007/9/24)
(Q3)始祖鳥の爪の曲率は樹上性を示しているという論文があると聞いたが?

 事実は逆で、爪の曲率を調査したほとんどの論文は地上性であったろう、あるいは木に止まることはあったが地上主体の生活をしていたであろうという結論を出しています。(Ostrom, 1984) 私の知る例外は、鳥類が樹上性槽歯類から進化したと主張するフェドゥーシアの論文で、彼は論文の中で始祖鳥は樹上性だったと結論付けました。(Feduccia,1993) しかし、なぜこれが現在では黙殺されているかといえば、データに偏りがあったためです。(*1)

*1 現生鳥類の爪を調査する点ではオストロムの論文と同じなのですが、角度ではなく、爪の曲率(半径)を考慮したのがこの論文のポイントでした。これによると始祖鳥の数値は登攀性の鳥類より明らかに低く、地上性の鳥類より明らかに高く、止まり木に止まる鳥に近いもので、フェドゥーシアの説を裏付けるものでした。ところが、この統計には猛禽類、長い脚をした湿地の鳥、低木あるいは茂みに営巣する長い脚をした鳥がなぜか含まれておらず、これらのグループを母集団に入れた場合、違う結論になってしまうのです。  このデータの取捨が意図的なものであったかは限りなくグレーではありますが、フェドゥーシアほど鳥類に精通した研究者がこれを見逃すことは考えにくいので、結果を意図した上で除外した可能性は高いと考えています。
(2007/9/24)
(Q4)始祖鳥の後足はものを掴めなかったことはわかった。しかし、前足の爪で木登りをしていた可能性があるのではないか?

 その可能性はどうやら低いようです。

 根拠のひとつはテイラー標本に残されている角質がありえないほど鋭いことです。翼=前足で木に登るような生態を想定した場合、その角質は磨耗していることが予想されます。しかし、テイラー標本に残された角質は鋭利なままで、全く磨耗していません。
 これは始祖鳥が恒常的に前足を使って木登りをしていた可能性が低いことを示しています。

引用元:Shipman, 1999
テイラー標本の前足の爪と鋭くとがった角質層の印象。
磨耗が全く見られない点に注意。
(引用元:Shipman, 1999)

 では、始祖鳥の鋭い前足の爪は何に使われていたのか?
 リーチェル教授は、グルーミング(羽毛の手入れ)に使っていたことを示唆しています。現生鳥類は角質のクチバシを羽の手入れに使っていますが、始祖鳥はクチバシを持っていませんから、前足の指をクチバシの代わりにしていたのではないかという仮説です。直接の証拠はありませんが、磨耗していない理由の説明としては妥当性があるものです。
(2007/9/24)
(Q5)現生のツメバケイの幼鳥は前足に爪をもち、それを使うことで木登りをする。始祖鳥もそうしていたのではないか?

 ツメバケイの幼鳥と始祖鳥の間には解剖学上の決定的な違いがあります。始祖鳥は現代の鳥と違い、翼を縮めることはできても体に沿わせて畳むことはできませんでした。(Ostrom, 1980) つまり、横方向に手首を曲げられないということです。これは何を意味するかといえば、翼を開いた状態でならば、始祖鳥の自由な指は確かに幹を引っ掛けることができます。しかし翼を屈曲させた場合、始祖鳥の指はあさっての方向を向いてしまい、幹を引っ掛けることはできないのです。(Shipman, 1999) 始祖鳥は翼を開いたままの状態でしか指の爪を幹に引っ掛けて木登りをすることはできなかったと考えられます。
(2007/9/24)

追記:始祖鳥の爪は、猫の爪のように鋭利に生え変わったのではないかと言うご意見を頂きましたが、上記の写真でも分かるように、始祖鳥の爪は明確な層構造を成しておらず、古い層が一気に抜け落ちて鋭利な断面になることはなかったと考えられます。また、角質層には傷はなく、後から研いだ痕跡もありません。

(Q6)始祖鳥の足の指が対向していたと考えられていた時代には、始祖鳥を樹上性と想定するのは妥当な推論だったのではないか?

 いいえ。

 前述した始祖鳥の生息していた環境、および足の爪の曲率についての解析など、Q1、Q2の回答で示した事実は1984年の時点で既に知られていました。
 これらを別にしても、始祖鳥の脚の指は枝をつかむ用途には役に立たなかったという予測はすでに存在していました。始祖鳥の脚の第1指(親指)を動かす筋肉は、現生の鳥類と比較した場合、枝を握るには明らかに弱すぎるためです。(Shipman,1999)
(2007/9/24)
(以下随時追記)