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【始祖鳥化石と鴈作騒動】

2007年9月12日更新

【フレッド・ホイルと大英博物館の論争、およびその顛末】

 始祖鳥化石は発見当初から進化論を支持する人々と支持しない人々の論争の矢面に立っていた標本であったためでしょうか、古くから『贋物ではないか』という主張がありましたが、その疑義は提起されるたびに潰えています。
 記憶に新しいところでこの説を提唱したのは、天文学者にしてSF作家のフレッド・ホイル(※1)のグループです。これに対して大英博物館側が科学的な調査に基づいた反論を論文として発表しましたが、これに対する学術上の手続きに従ったホイル側の反論はついになく、最終的にこの論争はホイル側の沈黙によって終結しました。

 参考までに、ホイルの疑義とそれに対する大英博物館の回答についてまとめてみました。

ホイルの主張と大英博物館側の回答 - 2007年9月12日 -
ホイルの主張
大英博物館側の回答
(1)始祖鳥の化石の写真を見ると、始祖鳥の化石はコンプソグナトゥスの化石に羽毛を付加した贋作であることがわかる。 (1a)ホイルらが疑義の提起に用いた写真はライティング(照明の方法)が適切でなく、コントラストが大き過ぎ、焦点も甘いものでディティールを語るのに適していない。博物館の写真家の撮影による低照角の照明を用いた写真があるのでそちらを使うべき。
 (原標本もキャストも存在する化石を研究するのになぜ写真、それも撮影方法が適切でないもののみを使うのか、という疑問もある)

(1b)化石化の過程で鉱物が浸透した細かい亀裂が存在し、それが内に含む鉱物ごと羽毛部と体部を横断している。また、対応する同じひびが副板側にも存在する。これは化石化の過程で羽毛が確かに存在していたことを意味する。
 羽毛部と体部は一体化したものであり、後から羽毛が人為的に付加された可能性はありえない。

(2)コンプソグナトゥスの化石の上にセメント(接着剤)でつないだ石灰岩の粒子を置き、羽毛の型を押し付けて作ったものだ。
(2)当時偽造者が使うことのできたあらゆる「セメント(接着剤)」は、年月とともに劣化するものであり、エイジングによりひび割れや剥離などを生ずる。しかし100年以上(当時)を経過しても原標本(複数形)には何の劣化も観測されていない
(3)羽毛が二重になって見える部分は、(2)の方法において、押し付ける過程で二重に押し付けた痕跡(double strike phenomenon)である。 (3)ホイルが主張している二重打痕(double strike phenomenon)なるものは、単に実際の羽が重なり合っているに過ぎない。(論文中に詳細な説明有り)
(4)羽毛の部分の素材の平滑さが違うことも、(2)の方法によって作られたことを裏付けている。 (4)表面の質が違って見えるのは、羽毛の微細構造があったことにより堆積の条件(泥粒子の付着の仕方)がそもそも違っていたためである。(論文中に詳細な説明有り)
(5)雄板(スラブ)と雌板(カウンタースラブ)が一致しない。これは偽造の証拠である。 (5)雄板と雌板は細かい亀裂も含めて90%一致する。一致しない部分は化石のプレパレーション(クリーニング)の結果である。細かい亀裂に至るまで一致していることは(1b)でも説明した通りである。(論文中に詳細な説明有り)
「大英博物館の回答」は下記の論文(Charig, et al., 1986)の内容を要約したものです。
Charig, Alan J. et al., 1986. Archaeopteryx is not a forgery. Science 232: 622-626.



【ホイルに対するその他の反論】

 上記で言及した大英博物館の論文とは別に、幾人もの研究者がホイルの疑義に対して学術論文の形で反論を行っています。その中の一つ、リーチェル教授による論文「False Forgery(贋作にあらず)」の全文を日本語に翻訳してみました。よろしければご覧ください。

翻訳『贋作にあらず』▼
2007年9月6日翻訳
Rietschel, S. 1985. False forgery. In M. K. Hecht, J. H. Ostrom, G. Viohl, and P. Wellnhofer (eds.). The beginnings of birds, pp. 371-376. Proceedings of the International Archaeopteryx Conference Eichstatt 1984.

【筆者(Webmaster)による補足】2007年11月2日追記

 上記2つの論文では論点として取り上げられていませんが、結局のところ、ホイルの主張はハールレム標本(テイラー標本)が再発見されている時点で破綻しています。1855年に産出していた腕と羽毛だけのこの標本は、1970年にオストロム教授が始祖鳥であることを再発見するまでは、翼竜の化石と誤って同定(1857年)されたまま存在していました。(この誤同定は、始祖鳥どころか原始鳥類に関する資料が一切なかった当時には致し方なかったことと思います。)最初にArchaeopteryxの名を受けた羽毛標本の産出が1860年、最初に認識された体化石であるロンドン標本が1861年産出です。

 ハールレム標本(テイラー標本)は腕と羽毛のみの化石ですが、明らかに始祖鳥固有の特徴を持つ、始祖鳥以外何者でもない化石です。1855年といえば「種の起源」さえも出版されていない時期。ホイルが主張したようにロンドン標本以降の始祖鳥標本が偽造だというなら、ハールレム標本(テイラー標本)の存在自体がこれに矛盾します。偽造者がタイムマシンでも使って過去にさかのぼり、彼自身の創作による「ロンドン標本以降の始祖鳥」の特徴と矛盾しないようにハールレム標本(テイラー標本)を偽造したというなら別ですが、こういう主張をする人は現実にはいないでしょう。

 なお、ホイルのクレーム当時には5体だった始祖鳥は、その後の新標本の産出、誤同定されていた標本の再発見により、2005年末時点で10体の体化石が確認されています。

【注釈】
※1 フレッド・ホイル(Fred Hoyle) 2001年11月19日追記
 天文学者としての業績であった『定常宇宙論』は支持者をほとんど失っていますが、SF『暗黒星雲』の著者として有名です。
 生命の彗星起源説を唱え、伝染病は宇宙から降り注ぐバクテリアによるもの、という主張もしていました。
 2001年8月23日に死去されました。

※2 捏造化石
 有名なものでは古生物学における今世紀最大のスキャンダル『ピルトダウン人(Piltdown Man)』、最近では中国産の羽毛恐竜『アーケオラプトル(Archaeoraptor)』の例があります。
 前者は化石化したヒトの頭骨に現生のチンパンジーの下顎骨を組み合わせた『贋作(フェイク)』、後者は2種類の本物の化石標本を組み合わせた『合成化石(キメラ)』です。

※3 フレッド・ホイルの最後の反論 2007年9月12日追記
 最後の反論は論文ではなく一般書籍(いわゆるニセ科学本)によるもので、これについては「始祖鳥化石の謎」というタイトルで和訳も出版されています。その内容はCharigら(Charig, et al., 1986)によって既に論破された最初の主張をそのまま繰り返しているだけのものです。